将来のために、今は我慢する。
この考え方は一見まっとうに見えます。
貯金も増えるし、失敗もしにくい。
堅実で、正しい選択に思える。
でも僕は、この考え方を“やり方次第で危険”だと思っています。
我慢そのものが悪いのではありません。
危険なのは、我慢が「設計」ではなく「精神論」になったときです。
我慢が続かないのは、根性の問題ではない
我慢が続かない人は多いです。
そして、多くの場合それを「自分が弱いから」と片付けます。
でも、違うと思っています。
人間は、制限が長く続くと反動が来ます。
これは性格ではなく仕組みです。
・ある日突然、散財する
・急に全部が嫌になる
・反動で生活水準を上げてしまう
こうなると、最初の我慢が全部無駄に見えて、自己嫌悪だけが残ります。
「設計されていない我慢」は、最終的に生活水準を押し上げる
設計のない我慢は、どこかで必ず反動が来ます。
反動が来たときに起きやすいのが、
「一気に生活水準が上がる買い物」です。
例えば、
・ちょっと良い車
・分不相応な家
・毎月の固定費が増える契約
こういう選択は、気分が良い。
そして一度上げた生活水準は、下げにくい。
だから結果として、
「将来のために我慢していたはずなのに、将来が重くなる」
という矛盾が起きます。
我慢の目的は「お金」ではなく「選択肢」を残すこと
僕が大事にしているのは、我慢してお金を増やすことではありません。
目的は、
選択肢を残すことです。
・仕事を変える
・働き方を変える
・一度休む
・挑戦する
こういう選択肢は、生活が軽い人にしか残りません。
逆に、固定費が高い人は、
“稼ぎ続けること”が前提になります。
我慢が「お金を貯めるため」だけになると、
いつの間にか本来の目的(自由)が見えなくなることがあります。
僕がやっているのは「我慢」ではなく「固定」
僕は基本的に、生活水準を上げません。
でも、それは我慢している感覚とは少し違います。
やっているのは、
生活の最低ラインを固定することです。
・これだけあれば生活できる
・この範囲ならストレスがない
・この支出は自分に必要ない
このラインを決めて、あとは淡々と守る。
感情で「我慢」するのではなく、
仕組みとして「固定」する。
これなら反動が起きにくいし、続きます。
使うべきところには使う(ただし固定費にはしない)
誤解されたくないので言うと、
僕は「お金を使うな」と言いたいわけではありません。
使うべきところには使う。
ただし、原則として 固定費にはしない。
例えば、
・経験や学び
・身体のメンテナンス
・必要な道具
・大切な人との時間
こういうものは、人生の満足度に直結します。
一方で、固定費として積み上がる支出は、
未来の自分の首をじわじわ締めます。
結論
「将来のために今を我慢する」は、やり方を間違えると危険です。
・精神論の我慢は反動が来る
・反動は生活水準を押し上げる
・固定費が増えると選択肢が消える
だから、我慢ではなく、設計する。
生活のラインを固定して、選択肢を残す。
派手ではないですが、
これが一番“壊れない”やり方だと思っています。

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